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岐阜-私の記憶PARTⅢ河原町-

今まで私の生家の周辺の紹介をしてきました。
今回は家庭の事情で、生家から北へ数百メートルいった所に住まいを移動しましたので、その周辺の紹介をしたいと思います。

■金華山の麓、長良川にかかる長良橋です。
今では古典モダンに見えるスチール造の橋ですが、私の幼少の頃の長良橋は木造で、中央に市電が走り、床は木の板のすき間から川が見える橋だったのです。
下を覗くと足がすくんだ記憶があります。

 

■橋をくぐるとシーズンオフの鵜飼船が停泊しています。

 

 

 

■これが観覧船の乗船場です。シーズンの夕方は人でごった返します。
今は人っ子一人いません。

 

 

 

■この裏にも鵜飼船が停泊しています。
対岸には競技場や都ホテル、その隣に安藤忠雄さん設計の国際会議場があります。

 

 

 

■近くに観覧船の造船所があり、シーズンオフに修理したり、新しい船を造ったりしています。

 

 

 

■この界隈は河原町といって長良川を使って上流から木材や和紙が川湊から陸上げされ、問屋が軒を並べていた所です。
当時のまま町並みが保存されています。

 

 

■古い倉が立ち並び、当時の繁栄ぶりがうかがえます。

 

 

 

 

■古い町家を利用したお店もあります。赤いポストは現在でも生きているようです。

 

 

 

■脇道は川の船着場に通じる路地で、だんだら坂を下って、左右の石積みがだんだん高くなっていきます。

 

 

 

 

 

 

 

■石積みの上に倉や建物が建っています。
石積みのコーナーですが、とても美しい。

 

 

 

 

 

 

■河原町の入口ともいえる橋のたもとです。私の幼少の頃、このあたりでよく映画撮影が行われていました。
今でも憶えているのが、高橋英樹と和泉雅子(昔は細くて美しかった)のラブシーンです。何度も何度も抱きあうシーンを監督がOKを出すまで繰り返していたことを…。
子供ながらにも羨ましかった。

■この通りの一角に小じゃれたレストランがあります。
町並みに合わせた新しい建物ですが、小さなチャペルが併設され、レストランウェディングができる施設になっています。
実は昨年、私の長女がここで結婚式と披露宴をしました。

 

■建物の裏は現在、芝を貼った美しい広場になっていますが。、当時は畑で、ロボット水門につながる小川があって、子供たちの格好な遊び場でした。
畑のあちこちに肥溜めもあって、岐阜で最も古い老舗の建設会社の社長の次男で、私の同級生がそこに落ちて、みんなで大笑いしたことを思い出しました。

 

■道路を挟んで一風変わった公園があります。
この門は中国の杭州市と友好都市提携を結んだ記念に、杭州市より西湖の風門を送られたものです。

 

■門を潜ると、そこはまるで中国の西湖です。
この公園は私の幼少のころはありませんでしたが、私は妙にこの公園が好きで、よく足を運びます。
脇の水路を挟んで、底なし沼と恐れられた御手洗池があり、そこから岐阜公園につながっています。
私の生まれ育った地域がいかに豊かな環境であったか再認識させられました。

岐阜に生まれたことを誇りに思います。
私のコラムも、これをもって最終とさせていただこうかと思います。
ご愛読いただいた方々に感謝申し上げ、筆を降ろさせて戴きます。