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岐阜-私の記憶PARTⅠ大仏殿

■今回は岐阜をテーマに、特に私の生まれ育った記憶のある場所を、数回に分けて紹介させていただきます。


■岐阜の旧市街地の中心、本町通りです。
正面に見える山が金華山で、頂上に岐阜城が建っています。
このあたりに母の生家があり、お茶屋と旅館を営んでいたとのこと。

 

 

■本町通りを脇に入ったところに、私の通っていた金華小学校があります。
これ、最近できた正門です。

 

 

■正門から見返した風景です。
金華山とお城が真正面に見えます。
その当時の校舎は木造で、その校舎を壊し、鉄筋コンクリートの校舎に建替える工事をしていました。
その工事を毎日見るのが私の日課で、現在の私の仕事のきっかけとなりました。

 

■この通りは私の通学路です。
古い街並みが今でも残っています。

 

 

 

■左右の脇路も、こんな古い家が残っていて、久々に歩いてみると とても懐かしく感じます。

 

 

 

■この酒屋さんは特に懐かしく、父に頼まれてお酒を買いに来ました。当時、父の晩酌は日本酒2~3合だったと、はっきり記憶しています。
なぜなら、父はお酒を買置きせず、毎日飲む分だけ買いに行かせたからです。
つまり私が器を持って、毎日のように通ったのです。
父の喜ぶ顔が見たくって。

 

 

 

 

■小学校の正門からまっすぐ東に向かって金華山にぶつかった所です。
この長い石段の上にはお寺があります。

 

 

 

 

 

 

■白華庵という禅宗の草庵で、このあたりは私の子供の頃の遊び場でした。
この石柱の右へ50M行ったところが私の生家です。
現在は空地になっていました。

 

 

 

 

 

■向かって左へ50Mの所にこの建物があります。
名和昆虫博物館です。

 

 

 

 

■この全国的に有名な名和昆虫館ですが、おそらく財政が厳しかったように思います。
なぜなら昆虫の標本を作って売っていたからです。
私達子供たちが採った美しい蝶や、変わった虫を高値で買ってくれて、それを原資としていました。
これは貧乏な私たち子供にとっては、貴重な現金収入でした。

 

 

 

■私の家から南へ100M行った所には大仏殿があります。
どこに行っても、バックに金華山とお城が目に入ります。

 

 

 

■この境内も私たち子供の遊び場で、特にお盆には夜店がたくさん出て、盆踊りもあり夜遅くまで校区の子供たちがいて、その日は夜遊び自由の無礼講でした。

 

 

■建物の内に入ると大きな大仏が鎮座しています。
日本三大仏に数えられています。つまり大きいのです。

 

 

 

■正式には黄檗宗金鳳山正法寺大仏殿です。
作りは真柱に大イチョウを建て、竹編みで骨格を整え、粘土で型を作り、漆の上に金箔を貼った乾漆大仏です。奈良や鎌倉は高度な鋳造技術を必要とする大仏です。
それに比べ、技術的には張りぼて大仏なんでしょうか。

■大仏の周りには五百羅漢が配置されています。
かならず自分に似た羅漢がいるとのことで、子供の頃から探しているんですが、今回も見当たりませんでした。
つまり阿羅漢(あらかん)尊敬 供養を受ける値のある人……から外れているんでしょうか。